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【私がヒーリングを届ける理由】結果を手放したときに見える、私なりの“癒し”のカタチ

  • 執筆者の写真: 佐藤 ひろみ
    佐藤 ひろみ
  • 6月18日
  • 読了時間: 4分

こんにちは。


今回は、私がなぜクォンタムタッチやヒーリングを提供しているのか、その根底にある想いについて少し深くお話ししてみたいと思います。


本来ならば、日々の疲れや心のモヤモヤは、上手に休んだり気分転換をしたりして、自分自身で癒せるのが理想的ですよね。


でも、情報も人間関係も複雑な今の世の中。


なかなか自分を上手に癒し、コントロールしていくのは難しい時代だなと感じています。


そんな中、私が「癒し(ヒーリング)」に深く興味を持つようになったのには、あるきっかけがありました。


母と私

🍀 きっかけは、母の病気。そして訪れた「意味がない」という葛藤


私がヒーリングを学び始めたのは、母のがんが見つかったことがきっかけでした。


「医療に限界があるなら、ヒーリングの力で、なんとか母を健康に導いてあげたい」。


その一心で必死に学び、実践していました。

しかし、祈りも虚しく、母はがんで亡くなってしまいました。


そのときは、大きな喪失感と共に「ヒーリングなんて、結局何の意味もないじゃないか」と、すべてを否定したくなるような時期もありました。


それでも、自分なりに「本当の癒しってなんだろう?」と問い続け、実践を重ねていくうちに、私の中に一つの大切な感覚が芽生えてきたのです。


今の私が考えるヒーリングとは、「どんな状態の自分であっても、あるがままに受け入れ、自分の軸をぶれずに保ち続けること」


これについて、少し具体的にお話しさせてください。



👋 「私が癒してあげる」という、おこがましさを手放す


目の前に苦しんでいる人がいると、「自分がなんとかしてあげたい」「助けてあげたい」と思うのは自然な優しさです。


けれど、自分が誰かを「癒して助けてあげる」と思うのは、どこかおこがましいことなのかもしれない、と気づいたのです。


相手の体や命は、どこまでいってもその人自身のもの。


第三者が「どうにかして変えてやろう」と介入することは、もしかしたら、その人の生命の尊厳そのものを揺るがしてしまうことになりかねません。


その人が命をどう使うか。


何に喜び、何に苦しむのか。


その大切な人生の経験すら、ときには相手に委ねなければならないことがあります。


それに、みんながみんな、こちらの思う「癒し」を求めているとは限らないからです。


「目の前の大切な人を助けたい。でも、できることには限りがある」


そんなとき、ヒーリングを届けたいと願う人間は、一体どうすればいいのでしょうか。



🧘‍♂️ クォンタムタッチで「自分の軸」を整え、空間を共にする


私はそういうときこそ、クォンタムタッチを使って「まず自分の軸を徹底的に整える」ようにしています。


そして、しっかりと整ったエネルギーの状態で、ただ真っ直ぐに相手と向き合うことを心がけています。


相手がどんなに苦しい状態であっても、その波に同調して自分までブレてしまわないように。


不思議なもので、こちらがどっしりとブレない軸を保ち続けていると、そのエネルギーに共鳴して、自然と相手の軸も整い始めていきます。


きれいに整い調和した空間の中で、相手は「自分自身の力」でブレを修正し、整えることができる。


つまり、相手が自らの力で、勝手に(自然に)癒されていくのです。



✨ あらゆる現象に揺らぐからこそ


この「ぶれずにその空間に居続ける」というのは、言葉で言うほど簡単ではなく、慣れるまではとても難しいことです。


私自身も含めて、人間は日々のあらゆる出来事や現象に、どうしても心を乱されまくってしまうものだからです。


だからこそ、その心の揺らぎに自分で気が付き、サッと自分の軸を真ん中に戻す。


その具体的な方法の1つが、私にとっては「クォンタムタッチ」なのだと思っています。


もちろん、ヒーリングのテクニックや魅力はこれだけではないのですが、私の活動の根底にあるこの想いに、少しでも興味を持っていただけたらとても嬉しいです。


日々がんばるあなたの心が、少しでも軽くなりますように。



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